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札幌高等裁判所 昭和62年(う)64号 判決 1988年3月24日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岩谷武夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

そこで、記録を精査し当審における事実取調べの結果を合わせて検討するに、原判決には所論主張の瑕疵は認められず、これを相当として維持すべきであるが、所論にかんがみ、その理由を説明する。

一関係証拠によれば、本件については次のような事情が認められる。

1  被告人は、白老町内の白老漁業協同組合(以下、「白老漁協」という。)に所属して長年にわたりかご漁業に従事し、あわせて海産物の加工、販売業を営んでいる。

2  北海道海面漁業調整規則(昭和三九年一一月一二日規則第一三二号)(以下、「調整規則」という。)は、漁業法八四条一項に規定する海面における水産資源の保護培養及びその維持を期し、並びに漁業取締りその他漁業調整を図り、漁業秩序の確立を期することを目的として制定され(一条)、漁業権又は入漁権に基づいて営む場合を除くほか、かにかご漁業(動力漁船を使用するものに限る。)、えびかご漁業(動力漁船を使用するものに限る。)、つぶかご漁業(動力漁船を使用するものに限る。)を営もうとする者にあつては、当該漁業ごと及び船舶ごとに、知事の許可を受けることを義務づけ(五条一五号、一六号、一七号)、これに違反した者に対しては刑罰をもつてのぞんでいるが(五五条一項一号、二項)、右漁業の許可申請は漁業者の住所地の市町村長及び支庁長を経由して知事に対して行うこととされているところ(二条本文)、右許可に関する業務は、知事の下で北海道水産部が掌理し、胆振地方では、所属漁協がとりまとめ、市町村長の副申を受けたうえで、胆振支庁経済部水産課が意見を付して道水産部に進達する扱いであつた。

3  北海道では、胆振支庁管内のけがにの資源枯渇を慮つて、その保護のため、前記のかご漁業のうち、同管内におけるかにかご漁業の許可を数年にわたつて見合わせていたが、つぶかご漁業を営む者の間でつぶかごを用いてけがにの密漁を行う者が出たので、昭和五八年度においては、引き続きかにかご漁業の許可を見合わせるとともに、つぶかご漁業の許可は与えたものの漁業許可証の交付を行わず、また同五九年度においては、かにかご漁業、つぶかご漁業とも一切許可を与えなかつた。他方、えびかご漁業については、同年二月二五日、虎杖浜漁業協同組合(以下「虎杖浜漁協」という。)において胆振支庁から当時の経済部水産課長田村昭吾、同課調整係長橋本道隆らも出席して開かれた胆振東部えびかご漁業操業打合わせ会議の席上、えびかご漁業者の間で、操業中のけがにの混獲、延いてはその密漁を防止するために、けがにの棲息が比較的少ない水深一二〇メートル以上の水域で操業する旨の協定が定められ、これに伴い、「この漁業を営む者の間、及びこの漁業を営む者と他種漁業を営む者との間で取り決めた操業上の協定事項については、これを遵守しなければならない。」、「かに及びつぶが混獲されたときは、できる限り損傷しないよう速やかに海中にもどさなければならない。」など八項目の制限又は条件を付して漁業許可が与えられることとなり(調整規則一二条参照)、右会合に出席していた被告人に対しても、同月末、操業期間を昭和五九年三月一日から同年一一月一〇日までとし、使用船舶を第三有磯丸(総トン数九トン九九)として、右八項目の制限・条件の明記されたえびかご漁業許可証が交付された。

4  ところが、前記会合の席上において、えびかご漁業者から胆振支庁の田村課長らに対して、船の燃料代くらいにはなるので、水深の深い水域で操業中にえびかごの中に混入する殻の軟らかいつぶの採捕を認めてもらいたい旨要請したが、同課長らは、道の方へ話しておこうと答えたにとどまつた。しかし、同年三月二二日、同支庁が湾外つぶかご漁業の取扱いにつき、白老、虎杖浜など関係漁協の幹部を集めて打ち合わせ会を開いた席上でも、えびかご漁業に際して混獲されるつぶの採捕を認めてもらいたい旨の要請がなされたので、橋本係長が道水産部へ打診したところ、つぶかご漁業の許可を与えないでおきながら、えびかご漁業の操業中に混獲したつぶの採捕を認めることには問題があるから、つぶかご漁業の許可問題の取扱いをどうするか結論が出てから検討したいといわれ、右要請については結論がでないままに推移した。

5  その後、同年四月ころ、虎杖浜漁協に所属するえびかご漁業者が操業中、海上保安官の臨検をうけた際、漁船上でつぶが発見され、えびかご漁業の許可条件にしたがつてこれを海中へ戻すよう指示されたとの情報が漁業者の間に広まつたので、虎杖浜漁協の組合長松田廣一は前記橋本係長に対し、えびかご漁でたまたま混獲された場合のつぶの採捕を認めてもらいたい旨再度懇請したところ、間もなく、同係長は正式にえびかご漁業の許可条件を緩和してつぶの採捕を認めるわけにはゆかないが、えびかご漁の際混獲されたつぶを少し位採捕する程度のことは積極的には取り締まらないようにする旨回答するとともに、室蘭海上保安部の係官にも胆振支庁の方針としてその趣旨を伝えた。この回答を受けた同組合長は、同漁協所属のえびかご漁業を営む者に対し、つぶの混獲・採捕につき胆振支庁の了承を得たと連絡した。

6  これを伝え聞いた被告人から報告を受けた白老漁協でも総務部長の赤田勝美が前記橋本係長に問い合わせたところ、同係長から虎杖浜漁協に対するのと同旨の回答を得たので、早速、組合長の古俣繁雄とも相談のうえ、被告人をはじめえびかご漁業を営む同漁協組合員に対し、えびかごで混獲したつぶは採捕してもさしつかえない旨電話で伝達した。

7  被告人は、同年三月ころから同年一〇月下旬ころまでえびかご漁業を操業したが、この間、同年五月初旬から同年八月末ころまでに、約二八回にわたり、動力漁船である前記第三有磯丸(原判決が罪となるべき事実中で「第二有磯丸」と判示するのは、誤記と認める。)を使用して、えびかごにより殻の軟らかなつぶ(昭和五九年一一月二八日付司法警察員作成の捜査報告書添付写真⑤ないし⑧の巻貝と同種類のもの。以下、「本件巻貝」ともいう。)合計約三トン余りを採捕した。

被告人は、このようにして自ら採捕し、あるいは他から買い入れた本件巻貝を煮沸加工したうえ、これを自宅に付設した店舗で一キログラム当たり七〇〇円程度で小売りしていた。

二そこで所論につき検討する。

1 憲法三一条違反の主張について

所論は、前記調整規則五条一七号は動力漁船を使用するつぶかご漁業を知事の許可に係らしめ、これに違反した者は五五条一項一号、二項により処罰するが、つぶの概念は極めて多義的で、人により、あるいは地方によつてその意味するところが異なるから、このようなあいまいな用語で刑罰法規の構成要件を定めることは、罪刑法定主義に反して許されず、憲法三一条に違反すると主張する。

しかしながら、原審で取調べた北海道立函館水産試験場長作成の回答書によれば、つぶという名称は、北海道地方の方言(俗称)で、一般にエゾバイ科に属する巻貝を指すが、エゾバイ科以外のものでもフジツガイ科のアヤボラをケツブ、タマガイ科のツメタガイをマルツブ、ベロツブなどとも呼ぶことがあり、他方、ばいとは標準和名で特定の種類を指すが、北海道の方言としては、一般にエゾバイ科の中の一属(Buccinum属)を呼称し、ぼらというのは、これとは別の属(Neptunea属)を指すところ、ばいは殻の表面に凹凸が少なく、殻が軟らかく、表面に殻皮をかぶつているのに対し、ぼらは殻の表面に肋があり、殻も硬く、殻皮は薄く余り目立たないという特徴があるが、方言なので厳密な区別はなく、両者ともつぶと総称されているようであり、つぶかご漁業の対象としてのつぶには、いわゆるばい及びぼらを含む、というのである。また、北海道立函館水産試験場増殖部長である当審証人林忠彦の証言によれば、つぶとは、北海道地方の方言でいわゆる巻貝類を呼称し、種々の学名の貝類が含まれるが、本件巻貝は当然つぶの範疇に入り、その学名はエゾバイ科エゾバイ属クシロバイであるところ、エゾバイ属の貝類は資源的に重要で、産卵数もアワビなどに比して少なく、また受精後の浮遊期を持たず移動性が余りないため、乱獲の影響を受け易いというのである。そして、貝類の研究者である原審証人伊藤潔は、北海道では一般的に、つぶとは巻貝を総称し、狭くはエゾバイ科の巻貝をいうが、本件巻貝は十年ほど以前に同証人が釧路沖の水深二〇〇ないし四〇〇メートルのところから採捕されたものを学界に発表したエゾバイ科エゾバイ属のクシロエゾバイであり、当時釧路の漁民から「深みのつぶ」、あるいは殻が軟らかいので「やわつぶ」と呼ばれていた、というのである。他方、貝類の収集家であり伊達市において貝類の博物館を経営している原審及び当審証人福田茂夫は、つぶという呼び名は俗称で、内容が漠然としており不明確であるが、一般人の知識により三とおりの用い方がされていて、まず、食用として代表的なエゾボラ、ヒメエゾボラを指すことが多く、次に、もう少し広義に、市場に出て食用に供されているエゾバイ科に属する七ないし八センチメートルから一〇センチメートル位の巻貝をいい、最も広くは、殆どの巻貝を含めた意味で用いられるが、北海道地方でつぶを指してばいという呼称を用いることはないと思う、胆振沖で獲れるどろつぶというのは標準和名クシロエゾバイのことを指すことが多いが、市場性が出てくれば前掲二番目の意味のつぶといえると思う、しかし、つぶを海産の巻貝の総称であるとすることは、巻貝という呼称自体学問的ではないし、強いていえば、巻貝は腹足綱の貝類を指すが、腹足綱にはアワビ、カサガイなど変則的な巻貝も含むことになつて、定義として正しくない旨供述している。

また、昭和三〇年以来北海道庁の水産関係部門で執務していて、同五六年から五九年春まで胆振支庁の経済部水産課長を勤め、その後道庁水産部漁業調整課課長補佐の職にある原審証人田村昭吾は、北海道では、一般につぶは巻貝の総称としてなじまれている名称であるが、つぶの中にはばいとぼらの二つの系統があつて、ばいは殻の軟らかいつぶで比較的水深の深いところに棲息しており、ぼらは殻の硬いつぶであると理解しているが、調整規則の施行によりつぶかご漁業が知事の許可制になつた昭和三九年以来本件まで、つぶの定義について疑義が生じた記憶はなく、問題になつたことはない、本件巻貝は疑問なくつぶであるといい、また、昭和四六年以来北海道庁の水産関係部門で執務し、本件当時胆振支庁の水産課調整係長であつた橋本道隆の昭和五九年一二月四日付検察官に対する供述調書抄本及び同人の原審証言によれば、つぶとは北日本ないし北海道において、アワビ、カサガイなどの一枚貝といわれる貝類を除く巻貝の通称であり、人により、ばい、ぼら及びその他に分類し、ここで、ばいとは巻貝の口が平らなもの、ぼらとは巻貝の口が巻いているものをいうが、一般漁業者はつぶとばいとを区別せず、つぶの中にばいが含まれるという認識であると思うし、漁業調整上の概念としても、つぶはアワビなどの一枚貝を除く巻貝を総称するものとして観念されている、というのであり、北海道水産部漁業調整課沿岸係長として道知事許可事業の許認可その他漁業調整関係事務を担当している当審証人北口孝郎の証言によれば、調整規則につぶとは海産の巻貝の総称であるというのが道水産部の見解であり、現在、つぶかご漁業は、渡島、胆振、日高、十勝、釧路、網走の各支庁管内で道知事の許可がなされているが、その規制にあたつては、一般的なつぶという呼称を用いるほうが学名などを用いるよりも判りやすいのではないかと思うと述べている。

次に、被告人と同じかご漁業関係者及び水産仲買業者についてみるに、山村甚三郎の司法警察員(海上保安官)に対する供述調書によれば、水産仲買業を営む同人は同年六月初めころ被告人からつぶを買わないかと持ち掛けられ三回買入れたが、殻が軟らかいつぶで、浜では通称どろつぶと呼んでいるつぶであつた(なお、これが被告人がばいと主張している本件巻貝であることは、被告人の昭和五九年一二月四日付司法警察員(海上保安官)に対する供述調書、被告人の原審公判廷における供述を合わせみれば明らかである。)、長年の取引先である秋田の業者に電話で聞くと、胆振沖で獲れる殻の軟らかいつぶは、しろばいつぶであるといわれ、どろつぶと呼んでいたつぶは、ばいつぶであることを知つた、というのであり、本件当時白老漁協の総務部長であつた赤田勝美の司法警察員(海上保安官)に対する供述調書によれば、どろつぶは殻が軟らかく泥の中にいるのでそのように呼ぶが、これもつぶであるけれどもばいと呼んでいる者もある、というのであり、同人の原審証言(第一一回公判期日)によれば、つぶとはこのようなものだと監督官庁から指導を受けたことはこれまでないし、漁協の組合員によつてつぶの意味の理解の仕方が違うと感じたことはない、ばいという名称はこの問題が起きてから初めて聞いた、それまではどろつぶということで聞いていたといい、同漁協所属のえびかご漁業者である滝谷利一の原審証言は、判然としない点があるけれども、その言わんとするところは、要するに、本件巻貝は殻が軟らかく、漁師の間で一般にどろつぶと呼び、一部では、ばい、あるいはじやりとも呼んでいたが、つぶかご漁業の対象にならないような商品価値の低いつぶなので、取締りの対象としてのつぶには当たらないと思つていたというのであり、虎杖浜漁協の組合長である原審証人松田廣一は、本件巻貝は通常どろつぶと呼ばれ、これもつぶではあると思つていたが、漁業者が漁の対象にするような市場価値の高いつぶではないので、つぶと言うとき脳裏に浮かばない程度のものであるという趣旨の供述をしており、同漁協に所属してえびかご漁業を営む原審証人伊藤茂は、本件巻貝は、どろつぶ又はばいと呼ばれているが、自分はばいと呼んでいる、以前は全く商品価値がなく、これがつぶに当たるかどうかなど気にもとめなかつたが、昭和五九年二月末の会議の席上、えび漁だけでは経費がかかつて赤字になるから沖の方でえびかごに入る殻の軟らかいつぶを獲らせてほしいと漁業者側が胆振支庁の係官に懇請し、後日混獲してもよいと聞かされたこともあつて、ばいもつぶかご漁業の規制の対象に含まれると認識した、というのである。

このように見てくると、つぶという名称は、北海道地方において一般的におこなわれている方言として、広くは巻貝一般を指称し、狭くはエゾバイ科を中心とする巻貝の呼称として用いられており、多義的であるといえるが、その意味する外延ははつきり画されており、決して内容的に相互に矛盾、背反するものではない。そして、前記調整規則においては、その制定の趣旨に鑑みて、総合的な保護培養、漁業調整の必要から、広く巻貝一般を総称するものとして用いられていることは明らかであり、その概念内容があいまいであるといえないというべきである。

しかして、前示の証拠によれば、被告人がばいであつて、つぶではないと主張する本件巻貝の標準和名は、エゾバイ科のクシロエゾバイであると認められるところ、この貝が水深の相当深いところに棲息することもあつて、従前、あまり採捕、食用の対象とされず、市場価値も殆どなかつたため、漁業者らは、調整規則によつてかご漁業が規制されるつぶに含まれることを、ことさらに意識に上せたことはなかつたものの、それでも、「泥つぶ」、「深みのつぶ」、「殻のやわいつぶ」などと呼んで、これがつぶの一種であることは現に認識していたことが窺われるのであつて、そうであればこそ、前示の経緯(前掲一の3、4)で、本件巻貝(殻の軟らかいつぶ)の採捕の容認を求める要請が、えびかご漁業者から胆振支庁の係官になされたものと認められる。

所論は、つぶという名称が巻貝の総称として一般に定着していることについての証明がないばかりでなく、つぶの概念が多義にわたり、あいまいであることは、専門家である前掲原審証人伊藤潔、原審及び当審証人福田茂夫の各供述によつて認められると主張するのであるが、先に検討したところに照らし、これを容れることはできない。

してみると、調整規則にいうつぶの語義があいまいであるとは言えないことが明らかであり、所論の規定が罪刑法定主義に反するとは認められないから、所論違憲の主張は前提を欠き、失当というべきである。

2 構成要件不該当の主張について

所論は、原判決はつぶとは巻貝の総称であるというが、仮にそうであるとしても、調整規則制定の趣旨、目的に照らし、同規則が取締対象としているのは現に水産資源として保護培養、漁業調整等が必要なものに限られると解すべきところ、本件巻貝はその必要のない巻貝であるから、調整規則上、採捕が規制されるつぶには当たらないと主張する。

しかしながら、調整規則は、漁業権又は入漁権に基づいて漁業を営む場合のほか、動力漁船を使用するつぶかご漁業による、つぶ、すなわち巻貝一般の採捕を全面的に禁止しておき、右漁業をおこなおうとする者の申請に対して、知事が審査し、事情に応じて、期間、区域等を限り、あるいは条件・制限を付して、その禁止を個別的に解除することとし、もつて、つぶの棲息情況、生育条件、市場性等の状況変化に対応して、その保護、培養、維持及び漁業調整等のために必要な臨機の規制をおこなおうとするものであると解される。したがつて、本件巻貝もつぶである以上、その規制の対象とされることはもちろんである。しかも、先にみたように、本件に先立つて、白老、虎杖浜漁協等のえびかご漁業者から、本件巻貝の採捕を容認してほしいという要請が再三胆振支庁になされていたのであるから、本件巻貝の採捕について、現に漁業の調整等の必要があつたことは明らかであると認められる。したがつて、所論は容れることはできない。

3 可罰的違法性の欠如の主張について

所論は、本件巻貝が調整規則の制限対象に含まれるとしても、本件巻貝は、あかえびのかご漁を操業する際に不可避的にえびかごの中に入り採捕されるもので、しかも一般に市販されておらず、商品価値はなく、資源保護、漁業調整の面で特に問題視する必要はないから、これを採捕しても処罰に値する程の違法性はないと主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、えびかご漁業の操業に際して、つぶがえびかごに入つた場合には、「できる限り損傷しないよう速やかに海中に戻さなければならない。」ことが、えびかご漁業の許可条件とされ、このことは被告人に交付された許可証にも明記されており(記録四一三、四一四丁、被告人に対するえびかご漁業許可証写参照)、つぶである本件巻貝がえびかごに入つた場合、これを海中へ戻さずに採捕することが許可条件に違反することは明らかであるにもかかわらず、被告人は原判示のように動力船を使用し相当期間継続して大量につぶをえびかごで採捕して漁業を営んでいたのであるから、このような所為が調整規則上許されないことは当然である。所論は、本件巻貝は市場性がなく、資源保護、漁業調整等の観点からも当罰性を欠くと主張するが、被告人がみずから採捕し、あるいは他から買い入れた本件巻貝を加工して食用として現に販売していたこと、また、えびかご漁業者の間から本件巻貝の採捕を認めてほしい旨の要請が、胆振支庁の係官に対し再三なされていたことは、先に認定したとおり(前掲一の3、4、7)であつて、このような事実に徴すれば、本件当時、本件巻貝に市場性があり、また本件巻貝の採捕につき漁業調整等の規制の必要性があつたことは明らかであり、当罰性に欠けるとする所論は失当であるというべきである。

4 事実の錯誤の主張について

所論は、本件巻貝が調整規則の規制対象であるつぶであるとしても、被告人は本件巻貝はばいであつて、つぶではないと誤認し、これを採捕しても調整規則に抵触しないと考えていたもので、この点において事実の錯誤があつたのであり、責任を阻却すると主張する。

案ずるに、被告人の検察官に対する昭和五九年一二月五日付供述調書によれば、被告人は、本件巻貝が規制の対象であることを知つていたというのであるが、原審公判廷においては、所論に沿う供述をおこない、本件巻貝はばいであつて、つぶではないと思つていたと弁解するところ、前掲二の1において摘記した漁業関係者赤田勝美、滝谷利一、松田廣一、伊藤茂らの言い分に徴すると、白老漁協に所属し、地元において長年にわたりかご漁に従事してきた被告人が、本件に及ぶまで、本件巻貝はつぶに当たらないと思い込んでいたとは到底考え難い。のみならず、関係証拠によれば、被告人は、昭和五九年二月二五日に開催された前記えびかご漁業操業の打ち合わせ会議に出席しており、その際、本件巻貝が調整規則で規制するつぶに当たることを当然の前提として、えびかご漁業者と胆振支庁の係官との間で交わされた殻の軟らかいつぶの規制緩和をめぐるやりとり(前掲一の4)を聴いて、その交渉の推移に自らも重大な関心をもつていたものと認められる。そうであればこそ、被告人は、前示のように(前掲一の6)、虎杖浜漁協に規制緩和の回答がもたらされたことを聞知して、自分が所属する白老漁協に、支庁からの回答の有無を問い合わせたのである。この点、被告人は原審公判廷において、前記規制緩和の懇請については大して関心もないまま聴いていた旨供述するが、右の事情に徴し到底措信しがたい。してみれば、前記検察官に対する供述調書を引くまでもなく、被告人は、遅くとも前記打ち合わせ会議に出席した時点においては、本件巻貝が調整規則にいうつぶであることを当然に認識していたものと認めて誤りないと言うべきである。したがつて、前示事実の錯誤があつた旨の所論は、容れることができない。

5 適法な行政指導に従つたことによる違法性の欠如等の主張について

所論は、被告人が本件巻貝が調整規則の規制対象であるつぶであることを知つていたとしても、(1)被告人は、橋本調整係長から白老漁協の赤田総務部長を通じてもたらされたつぶの混獲を認める旨の回答が所管監督官庁の適法な行政指導であると信じ、これに従つてつぶを採捕したのであるから、被告人の本件所為は違法性を阻却する、(2)仮に、右回答が橋本係長の権限を逸脱した不適法なものであつたとしても、被告人はこれを適法な行政指導であると信じて、前記の本件所為にでたのであるから責任性を阻却し、これを信ずるにつき過失があつたとしても、違法性阻却事由たる事実の認識を誤つたものであるから故意責任を阻却すると主張する。

案ずるに、えびかご漁業者のつぶの採捕問題につき、前記橋本係長から白老漁協へ回答がよせられ、右漁協が右回答を所属のえびかご漁業者に伝達した経緯は、先にみたとおり(前掲一の3ないし6)であり、このように、漁協側の懇請を受けていた橋本係長としては、つぶかご漁業の許可問題が片付かないうちに、えびかご漁業の許可条件を正式に変更・緩和してつぶの採捕を認めるよう道水産部に働きかけることはできないので、胆振支庁の対応策として、とりあえず、えびかご漁に伴うつぶの少量の混獲・採捕については事実上取締りを控えることとし、所轄海上保安部の係官にその旨を伝えるとともに、虎杖浜、白老両漁協にもそのように回答したところ、右各漁協側においては、この回答をもとに、早速、被告人をはじめ所属のえびかご漁業者に対して電話で連絡したが、その際ことばを端折り、つぶの混獲・採捕は差し支えない旨伝えたことが認められるのであつて、このため、橋本係長の右意向が十分にえびかご漁業者に伝わらなかつたきらいがないではない。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人は、右回答の趣旨が、えびかご漁業の許可条件の正式な変更・緩和を意味するものではないことを十分承知していたと認められるのであつて、右回答がなされることになつた前示の経緯と背景事情(前掲一の3ないし6)にも鑑みると、前記漁協からの連絡は、えびかご漁の際に若干混獲される程度のつぶの採捕は、事実上、取締りのうえで大目に見てもらえることになつたという趣旨であつて、決して無制限に採捕してよいことになつたという趣旨ではないことを、容易に理解し得た筈であり、またそのように理解したものと認められる。それにもかかわらず、被告人は、前示のとおり、右回答の趣旨をはるかに超えて、四か月の間に約二八回にわたつて三トン余に及ぶ多量(一回当たり一〇〇キログラムを超える量)のつぶ(本件巻貝)を採捕したのであつて、このような被告人の調整規則五条一七号違反の所為につき、所論主張の違法性阻却事由ないし責任阻却事由を認めることはできないと言わなければならない。

6 期待可能性の主張について

所論は、本件巻貝はあかえびと同じ水域に棲息するので、あかえびをえびかご漁で採捕するときに不可避的にかごに入り、あかえびだけを採捕して本件巻貝を採捕しないことは事実上不可能であつて、適法な行為にでることの期待可能性がないから、責任を阻却すると主張する。

しかし、えびかご漁に際してつぶの混獲が起こることは、その漁法、漁具の仕組み上、当初から予想されているのであり、したがつて、先にも認定したとおり、そのような場合には、混獲されたつぶを「できる限り損傷しないよう速やかに海中に戻さなければならない。」ことが、本件えびかご漁業の許可条件として許可証に明示されているのである。そして、右条件を遵守し、海底から引き上げたえびかごの中につぶが混獲されていたときはこれを速やかに海中へ戻しさえすれば、つぶを許可なく採捕したことにはならないのであつて、それが困難なために右条件の遵守を期待できないなどという事態が起こることは考え難い。所論は、つぶが入つたえびかごを船上に引き上げた時点をもつて調整規則五条一七号違反の所為が既遂となると解した上で立論をするごとくであるが、右に述べたところから明らかなように、所論が前提とするそのような解釈は失当であつて、所論は容れることができない。

以上の次第で、論旨はすべて失当であつて理由がないから、原判決は相当としてこれを維持すべきものである。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官髙木俊夫 裁判長裁判官水谷富茂人は退官につき、裁判官肥留間健一は転補につき、いずれも署名押印できない。裁判官髙木俊夫)

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